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宇宙のならず者

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2012年2月、スイス連邦ローザンヌ工科大学宇宙センターが地球の衛星軌道上を周回する人工衛星の破片、いわゆる「宇宙ゴミ」を掃除するプロジェクト発表のニュースが流れた。 いつもお世話になっている宇宙関係の専門の方にお聞きしたところ、スイスでは「ゴミに近づく技術」、ランデブードッキング技術がいまだ完成しておらず、実現はかなり困難だろうと予測されていた。最近、話題になった映画「ゼロ・グラビティ」でも宇宙ゴミによるトラブルからストーリーが始まっている。冒頭のスイスは2015年をめどに回収用の小型衛星ロボットの1号機の打ち上げを目指すと報道されたが、なんとか成功してほしい。 地上でも、放射性物質を含んだゴミ処理が問題となっている。こちらも深刻な問題ではあるが、すくなくとも、それらは一カ所にじっとして動き回ることはないし、秒速数キロという高速で相手かまわず当たり散らすような不届き者ではない。このような無法者がロケットに衝突するリスクが現実化する事態は、将来の宇宙開発にとって憂慮すべき大問題なのだろう。 ちなみに、2次元世界の地上では「ごみ収集」や「修理」は比較的容易だが、3次元の宇宙空間では、まったく話しが変わる。飛んでいる衛星の軌道が違えば、大量の燃料が必要となり、しかも同じ軌道にあっても近づくためには、直線で近づけず、上下運動をしながら接近する技術が不可欠らしい。 さらには、無重力空間で物体を捕捉した場合、相手の質量の影響による振動が発生して、これを制御する技術も必要になるとのこと。なるほど、もしも宇宙ゴミを捕まえた衛星本人が制御不能となれば、結局、ミイラ取りがミイラになるわけで、何の為に莫大な費用を掛けて宇宙まで出かけて行くのか、まるで笑えない話しになってしまう。 フロンティアを目指すロマンは素晴らしいが、その実現は一朝一夕ではない。幾度にもわたる実験と結果データの解析やら検証など、気の遠くなる作業の積み重ねが必要だろう。しかし、だからこそ、成功の喜びも大きいに違いない。

ハリー彗星

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2012年4月末、渋谷の東急文化会館の跡地に「ヒカリエ」がオープン。小学生の頃、文化会館の8階にあった五島プラネタリウムでハリー彗星を知った。以来、ハリーを赤道近くから肉眼で眺めることが夢になった。 1986年3月、遥か銀河系の彼方からハリーはやって来た。これを逃すと次は2061年。万難を排し、夢のツアーを決行した。成田からアテネに向かい、現地の代理店で格安ラウンドチケット(アテネ>カイロ>タンザニア>アテネ)を購入。まず向かうはカイロ。ここで飛行機を乗り継ぐと同時に、駐カイロ・タンザニア大使館でビザを取得。滞在中になんと、カイロでクーデター勃発。空港は閉鎖され、前途を断たれたが、2日後なんとかカイロ脱出。空路にてタンザニアの首都・ダルエスサラームへ。街中の安ホテルに数日滞在後、近くの港で日本から払い下げされた中古客船“Mapinduzi”(たしか、スワヒリ語で民主主義という意味だったような)に乗り込み一昼夜。目指すはインド洋に浮かぶ島、ザンジバル。 日没後、島全体は真っ暗闇。夜空を見上げれば、まさに満天の星々が煌く。ついにハリーとご対面、のはずだった。ところがどっこい、あまりに星が多すぎて、どれが何やら…。あのような星空を経験したことのない都会育ちの哀しさで、結局、ハリーに再会したのは東急文化会館の五島プラネタリウムだった。 ちなみに、ザンジバルに上陸した翌日、現地の新聞には「Mapinduzi is broken」の記事。帰りの船は、壊れた中古船Mapinduziが豪華客船に思えるほどの木造蒸気船、手を伸ばせば、そこはインド洋。真夜中、波の音を間近に感じながら眠る恐怖感は、いまだ鮮明に憶えている。